この度、やよちこと、村井弥生は、
タイトルにある名前で任意団体を立ち上げました。
これまで6年間、個人的に草の根活動を継続してきましたが、
コツコツしていくにはあまりにもスピードが遅すぎたことが
たちあげの主な理由です。
少し、私がこの活動を続けている理由を話させてください。
スポーツで子どもの未来を育むフォーラム立ち上げの理由
今日は私がなぜ、このような活動を6年継続して
立ち上げたフォーラムを「10年続けていきたいと強く思う」のか、
そのきっかけをお話させてください。
バレーボール人生の始まり
私は小学5年生からバレーボールを始めました。
私が小学生のころに母がバレーボールをやっていて
体育館に一緒に連れていかれていました。
バレーボール楽しそうだな
私もいつかやりたいな~。
やればきっと母のように楽しくできるんだろうな~。
目の前に広がるバレーボールを見て私はそう思っていました。
小学校 5 年生から入ったクラブチーム。
そこで府大会3位になり、地方の中学から特待生でのお声がかかりました。
母からの細かい締め付けも多い暮らしの中、興味本位で12歳で親元を離れ、
寮生活をしながらバレーボール漬けの日々を過ごしました。
中にはホームシックになって学校をやめていく同級生もいました。
じゃぁ、私は?
もう、母からの細かい締め付けがない生活。ただそれだけで

寮には中1~高3までの女子が集うのです。
毎日洗濯場で他愛もない話でケタケタと笑い合う日々。
練習中、プレイでうまくいかなかったとき、監督に怒鳴られることがあっても、
一方で、みんなで一緒に過ごしている寮生活の楽しさの方がまさっていたんですね。
でも事件は中二で起こります。
人生の転機となった大会
全国大会に行くつもりで参加した勝てるはずの試合に、勝てなかったのです。
監督の腹の虫は収まるどころか、
負けてしまった私たちの態度も気に入らなかったのでしょう。
その後、寮に戻ってから監督に言われたことは、
「ひと夏、練習はしない。その結果、夏休みが始まるまで各自実家に帰れ」
と言うものでした。
バレーボールをするために入学をした。
しかし、勝てなかったからという理由だけで、バレーボールをさせてもらえない。
私の親が選手の保護者会代表務めていた関係で保護者で話し合い
学校側へ交渉してくれたようです。
夏休みが終わり、寮に戻りました。
二学期、ある日の練習を終え、消灯後に、監督から、監督がいる寮事務室に
一人で来るように呼び出されました。
寮事務に入ると私と監督の間には丸いテーブルがあり、
奥で監督は怒り始めました。
「お前の親が監督か!!!!」
その場で、大声で叫びながら丸テーブルをすごい勢いでひっくり返してきた。
めちゃくちゃ怖かったです。
消灯後、寮事務には監督と二人きり。
コートの中で怒られることは嫌いだったけど、慣れていた。
でも、コートじゃないところで、夜に呼び出されただけでも恐怖なのに、
大声で怒鳴られてテーブルを投げつけられて・・・
その結果、男性の大声で怒鳴る声、
今でも体が硬直して息が止まります。
さらに、10代20代はその恐怖を引きずりながら生きてきました。
たったその1回の怒鳴られたことが、です。
わかりますか?
たった1回の出来事が、体が硬直するような恐怖を覚えたんです
本来、人生の中で一切不要な体験。
皆さん、ご自身のお子さんたちにそんな経験させたいと思いますか?
私も2児の母になりました。
彼らの人生にはそんな経験は絶対にさせたくありません。
自主退学し、地元の中学校へ転校・・・
中二のその一件で、私は中学をやめ、地元に戻ってきました。
できる事なら、6年間、
寮にいたそのメンバーでバレーボールがしたかった。
洗濯場で、しょうもない話をしてケタケタと笑っていたかった。
今でも悔しいです。
そんなことで私の大切なバレーボールが奪われてしまったことが。
この経験から、私は現場にいる指導者の先生が、
生徒が硬直してしまうような指導から卒業してほしいと強く願うようになりました。
だからこの活動を始めました。
描いている未来があります
継続していく10年の中で、この活動に賛同くださる方が増え、、
これが当たり前のこととして日本中に広まれば、
私が経験したことが現場からなくなる。
絶対になくなる。
心からそう信じています。
私と同じように怖い思いをする選手は絶対に生み出したくない。
恐怖で体が動かなくなる。
自分で考えなくなる。
それって楽しい・・・?
そんなの、あってはならない!
だって、私も大好きだったバレーボール
監督が思った通りにできなかったら叱られる怒鳴られる。
全く好きじゃなくなりました。あんなに好きだったのに。
出来たら褒めてほしかった。
だから私は指導者が怒鳴らずに怒らずに叱らずに
選手がのびのびとプレイができるようになってほしいと強く思うようになりました。
そしてこの活動を10年続けて行けば
本当に世の中には、選手が笑顔で心から楽しみながら
競技をする日が来ると信じています。
これが私が、子どもの未来を育むフォーラムを立ち上げた理由です。





